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自分 > 仕事の価値観を意識したらエンジニアとして前向きになれた

日記

「私ならもっとできる」

新人時代、理不尽な上司の下で働きながら、 そんな生意気なことを考えていました。
きっと、この記事を読んでくれているあなたも、 似たようなことを感じたことがあるのではないでしょうか。

私は転職を5回繰り返し、鬱病になり、 家族に迷惑をかけて、ようやく気づきました。
問題は会社でも上司でもなく、 「仕事 = 自分の価値」と思い込んでいた自分にあったのです。


でも今は違います。

等身大の自分を生きることに集中したら、 生きるのが楽になり、エンジニアとしても前向きになれました。

道に迷っていた時の私に向けて、 そして今同じように悩んでいるあなたに向けて、 この体験を共有したいと思います。

この記事で1番伝えたいのはこの3つです。

・仕事 = 自分の価値と考えるのはやめよう
・転職を重ねてやりたかった仕事ができたとしても、心地よくなければ続かない
・本を読んで、ひたすら書いて自分と対話しよう

自己紹介

  • 大企業、ベンチャー、スタートアップなどこれまで5社を経験
  • インフラ→Webディレクター→フロント→バックエンドと様々な職種を経験
  • 現在は在宅でエンジニアとして、家庭と仕事のバランスをとりながら働く

インフラエンジニアからキャリアをスタートさせ、Webディレクター、フロントエンジニア、バックエンドエンジニアなど様々なポジションを経験しました。

現状の仕事に悩んでいる、これからのキャリアが不安、精神的にしんどいけど生活のために仕事を減らせない、やめられない。 1人で事業を回している孤独なエンジニアに読んでもらって、今の仕事にどんな気持ちを持っているか、ゆっくり考えるきっかけになればと思います。

目次

【転職を繰り返した8年】自分 = 仕事になった危険な時期

新卒で働き始めてこれまで働いた中で最大規模の大企業と呼ばれる会社に就職しました。
1年目からボーナスは100万円くらいもらえて、日本の平均年収より少しすくない感じでした。

そこで1年間働いていて、大企業の中の社内政治、自分の業務内容がかなり細かく分業されており、マニュアルをベースにインフラを運用する仕事をしていました。

ネットワーク監視とか、物理配線、サーバーの設置など、「アプセトネデブ」を空で言えるようになり、物理層からネットワーク層が主な担当範囲でした。

その他には、客先のネットワーク構築や社内SE的な仕事もしました。

ここでは運悪くというか、上司に恵まれずに意見を言っても、提案をしても、何をしても私のアイディアは社内稟議にかけてもらえず、先輩社員に相談すると、「配属された新人をよく潰す人で有名だよ」と言われ。

この先ずっとこの人の下で働くのか、そんなのは嫌だ私ならもっとできるとか今思えば生意気な考えをしていました。

「石の上にも3年」私はこれに否定的です。
ですが、時が過ぎて振り返るとき、最初の職場で人生の厳しさ、人間関係、社内政治、折衝や煩わしさなど、これらをもっと学んでおけば、この先の人生がもっと世渡り上手になったのかとも思います。

◆ 【限界点】子育て×鬱病で自分を見失った

子供が生まれた瞬間、私は「優秀なエンジニア」から「何もできない父親」となりました。
産後で妻の体調がすぐれず退院から1週間ほど仕事を休みました。
社会人になってから仕事一辺倒で、ひたすら仕事をしていた自分にとってはまず休むって何すればいいんだっけ?というところからわかりませんでした。

ちょうどシステムのリプレース時期で、事業へのコミットを求められておりそんなタイミングで休みを取らざるを得ない状況となりました。

エンジニアは仕事の区切りをつけるのが難しいと感じます。
自分で開発したコードは、どこまで実装すれば終わりが来るのか、事業からの要求は減ることはなく、常に開発・改善を繰り返しており、なかなか仕事の区切りをつけるのが難しいと思います。
うまく、仕事とプライベートの区切りをつけられる人は良いのでしょうが、私はそこまで器用ではなく、一区切りがつくまでその仕事が頭から離れないタイプでした。

子供をあやしながら頭の中は仕様書のことばかり。 妻と話していても、頭はバグ修正のことばかり考えており、パソコンを持ち歩きSlackとかコードを見ながら過ごしていました。

気がつけば、どちらも中途半端になっていた。 「エンジニアとしても無能、父親としても失格」 だなと思い、そんな期間が2年ほど続きました。

仕事でもプライベートでも、色々と私自身のキャパを超えていました。
最初は体に症状が出て、次に精神的に落ち込み始めました。

子供も1歳になり、これからまた仕事に戻れると思ったとき、これまでの生活から解放されるという気持ちと、また仕事で成果を出せば自分を認めてもらえる、自分の居場所ができるという高揚感から今じゃないタイミングで転職をしてしましました。

結果的にはそれが良くありませんでした。

【回復と新しい働き方】等身大の自分を取り戻す方法

紆余曲折あり、結果的には約2年ほどの休職期間を得て今もエンジニアとして働いています。 
緊急な対応が必要な案件も、私以外にも対応できる人はいるし、分からないなりにもなんとなるもんだなと今振り返ると思います。

  • 自分のことを大切にする
  • 家族を大切にする
  • 本を読み、ひたすら書いて自分と対話する

今は「仕事 = 自分の価値」という考え方を改めて、自分の価値仕事では決まらないというような考え方になりました。

人生は適度にサボりながら、責任を自分だけで抱え込まなくても良いのだと考えられるようになりました。 これまで仕事が全てな人生でしたが、これからは旧友と心を通わせたり、子供との時間、場所、感情の共有を大切にしていきたいと思います。

文章にすると短いですが、このような考え方になるまでにかなりメモを積み上げました。


色々と日記を書くようになるまでには、参考にさせていただいた書籍とかもあるので、私なりの日記の付け方をいつかお伝えできたらと思います。

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この記事を書いた人

地方在住のWebエンジニア
フルリモートで働きつつ、アナログな暮らしを目指している

エンジニア歴10年
普段は、Goエンジニアとして多国籍メンバーと開発している。
2児の父 パパ歴4年
子育てと暮らし、趣味、時間の使い方など全て手帳に書いている

手帳歴2年
ロロマンクラシックA5サイズを愛用

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